ヤオ・ミンDC襲来!マイケル・ジョーダンとの最後の戦い

 

プロスポーツの世界では、世代交代を象徴する光景に出くわすことが時々ある。大相撲の大横綱・千代の富士が引退を決意したのは、貴花田(後の横綱・貴乃花)との初対戦でいきなり金星を供給してしまったことだと言われている。プロ野球の投手が引退を決意するのは、自分が自信を持って放った決め球で、打ち取ったと思ったのにヒットやホームランを打たれた瞬間だということが多い。

 

最近、「これは世代交代だ」と思った決定的瞬間を目撃した。2003年2月27日にワシントンMCIセンターで開催されたNBAワシントン・ウィザーズ対ヒューストン・ロケッツ戦第4クォーターで、マイケル・ジョーダンが放ったフィールドゴールを「アジアの巨人」姚明(ヤオ・ミン)がブロックしてボールをコート外に弾き飛ばしたシーンである。

 

ヤオは今年のNBAの全体1位指名選手である。2メートル10センチを優に超す巨体の割に、動きはなかなか速く、当初はただのでくの棒でNBAの激しい動きについていけないだろうという大方の予想を裏切り、徐々に進化を遂げてきている。1年目にしてオールスター・ファン投票1位に選ばれ、レイカーズの名センター、シャキール・オニールを差し置いて、ウェスタン・カンファレンスの先発出場選手に名を連ねた。既にヤオ・ミンは社会現象と化しており、中国からアメリカへの最大の輸出産品と言われるようになった。軽く10cm飛ぶだけでもダンク・シュートになってしまう巨体で、相手チームのセンターは、彼を抑えるのにダブル・チームを形成しなければならない。

 

片やウィザーズのジョーダンは、2月17日に40歳の誕生日を迎えたにも関わらず、今も若いウィザーズを引っ張る。2年契約の2年目の今シーズンは、これで引退するであろうと囁かれている。だが、彼は今もウィザーズのポイント・ゲッターとして、1試合平均20点以上をたたき出している。全盛期のプレーに比べて、相手選手と交錯するリスクの大きいゴール下に切れ込んでの豪快なダンクは見られなくなり、むしろミドル・レンジからのシュートを多用するようになってきた。

 

今年のウィザーズは、過去2年と比べても非常に調子が良く、勝率5割目前でずっと踏ん張りを見せている。ぼくたちは、今季既に2回MCIセンターに足を運んでいるが、いずれの試合も勝った。1月にオーランド・マジック戦を観戦した後、次の目標は2月のロケッツ戦観戦だと皆で話し合った。ヤオのことは、普段はスポーツに殆ど関心のないうちのママですら知っている。うちのママが知っているNBAの選手といったら、ジョーダンとヤオだけだ。そのママもヤオとジョーダンの対決は見てみたいという。さっそく我が家では家族全員での観戦を決め、チケット4枚を確保した。

 

直前のインディアナ・ペーサーズ戦で膝を痛めたジョーダンは、ロケッツ戦を欠場するのではないかと報道されていた。試合前の練習でも暫く姿を見せず、やっぱり欠場かなと思っていたら、後からおもむろに1人コートに姿を見せ、若干足を引き摺りながらもウオーミング・アップに参加した。早くから会場入りして、ジョーダンが出ないかと期待していたファンは拍手喝采だ。

 

試合開始5分前になってロケッツの選手が入場、ウォーミング・アップを開始する。ヤオがコートに姿を見せると、またまたファンは拍手喝采。ふと見ると、MCIセンター最後列の席まで観客で埋まり始めている。ヤオ見たさのファンはぼくたちだけではなかった。この日はいつもに増してアジア系の観客が目立った。MCIセンターはチャイナタウンのすぐ隣りだ。ご近所の中国系移民にとって、ヤオは希望の星でもあるのだ。

 

試合開始と同時にウィザーズ側が好ダッシュ。いきなり5点を先制する。対するロケッツ側の初得点はヤオ。リバウンドを取るや、ひょいとジャンプするだけでいとも簡単にダンクシュートを決めてしまった。これまた会場は大喝采。バネを利かせて豪快なジャンプとともにダンクを決める選手は多いが、こんなに楽々ダンクを決める選手も珍しい。しかし、ウィザーズの勢いはなかなか止まらない。第2クォーターに入ってヤオがベンチに下がっている間に着々と加点し、前半終了時点で55対35の大差がついた。

 

これでウィザーズの楽勝かと思いきや、第3クォーターにウィザーズのポイント・ガード、タイロン・ルーが負傷退場すると、流れが完全にロケッツ側に傾いてしまった。ルーの代役として入ったホワン・ディクソンは元々ポイント・ガードの選手ではない。昨年メリーランド大学が全米大学選手権で優勝し、彼自身もMVPを獲得した時も、シューティング・ガードとして自ら得点を挙げまくっていた選手だ。言わばジョーダンやジェリー・スタックハウスと同じポジションを専門にしている。明らかにゲーム・メイクを期待されるポイント・ガードのポジションに戸惑っているのが表情からわかる。NBAでは、攻撃側のチームは24秒以内にシュートを打たねばならないというルールがあるが、パス回しがはかばかしくないばかりか、ドリブルでボールキープするのも覚束ない様子で、24秒以内にシュートを放てず、ファウルを取られるケースが3回ほどあった。

 

あっという間に点差は縮まり、第4クォーター残り2分の時点でとうとう追いつかれてしまった。ロケッツ側は、第3、4クォーターともにヤオが大活躍で、センターのポジションを立派に果たし、ブロックショットを決めまくり、相手のファウルを誘ってフリースローでも着々と加点していった。普通、適地でフリースローのチャンスを得ても、観客のノイズで集中できずにゴールを外すケースを結構目にする。当然ヤオのフリースローを阻止すべく観客は大声を張り上げるのだが、ヤオは気を乱すこともなく、いとも簡単にゴールを決めていった。そして、得点する度に、中国系の観客が大喝采を送り、ここは適地だか本拠地だかわからない状況になった。ヤオはまだまだ動きが緩慢だと言われることもあるが、この日のヤオは、ウィザーズのセンター、ブレンダン・ヘイウッドとの1対1では完全にヘイウッドを圧倒しており、ゴール下でヘイウッドがボールを受けても、そこからシュートが放てないというシーンを何度も見せられた。打つ手のないヘイウッドが守備面で犯したファウルで、ヤオはフリースローを何本も得て、終いにはヘイウッドはファウル5回で退場となってしまう。接戦は第4クォーター終了まで続き、5分間の延長戦に入った。

 

しかし、延長戦に入るやいなや、いきなりジョーダンがスパート。ウィザーズ側の最初の10点を1人でたたき出す大活躍を見せた。ミドル・シュートどころか、全盛期を思わせるような、ゴール下に切れ込んでの豪快なダンクまで披露した。後日、本人は80%程度の力でプレーしていたと言うが、延長戦だけは本気を出していたように思う。ロケッツも必死で食い下がったが、試合終了20秒を切ったところで、スタックハウスが決定的なシュートを決めた。客席のウィザーズファンは総立ちで大声援。結局100対98でウィザーズが勝利した。

 

ジョーダンとヤオのダンク、ルー→スタックハウスのラインでのアリ・フープ、ヤオとヘイウッドのゴール下の攻防など、見所満載の好ゲームだった。最後は100%の本気を見せたジョーダンに押し切られたものの、ぼくが最も印象に残っているシーンは、第4クォーターで逃げ切りを図ろうとするウィザーズが、ゴール下の攻防を諦めてミドル・レンジからシュートを連発していた時間帯に、ヤオがジョーダンのシュートをコート外にまで弾き飛ばしたブロック・ショットだった。ヤオは今後もワシントンに遠征に来るだろうが、ヤオとジョーダンの対戦はこれが見納めだ。ゴール下にドリブルで持ち込んでシュートを決めるシーンがめっきり減ったジョーダンが、ヤオとゴール下で絡むシーンは殆どなかったが、あったとしてもヤオはいい勝負を見せたことだろう。

 

幸せな気分に浸りながらMCIセンターを出ると、辺りは一面の雪化粧だった。一時は大雪で延期も危惧された試合であったが、観戦した多くのファンにとって、もはや雪など関係がなかった。

 

(2003年3月1日)