アメリカン・スポーツへの招待

 

最近は衛星放送でアメリカのメジャー・リーグやNBAの試合を観戦できる機会も増えたので、僕なんかよりもずっと詳しい方もいらっしゃるのではないかと思うが、HP充実のために少しだけボク的なアメリカン・スポーツの紹介をしてみたい。

 

僕は、これまでに、プロとカレッジともに、フットボール、バスケットボール、野球の試合を実際に観戦したことがある。カレッジについては別途触れることにして、先ずはプロのスポーツから紹介したい。アメリカには、他にもアイスホッケー(NHL)、サッカー(MLS)、女子バスケットボール(WNBA)、女子サッカー(WUSA)といったプロスポーツがあるが、観戦経験がないのでここでは省略する。

 

アメリカの三大プロスポーツのうち、観客の質が最も高いのは何だろうか。実は、それは野球(MLB)である。次がバスケットボール(NBA)、そして、フットボール(NFL)は観客が最も過激だ。なぜかというと、僕はチケットの値段と関係していると思う。

 

僕達が普段観戦する時に払う1人当たりチケット代は、観客席の場所にもよるが、同じ程度の観戦しやすさで計った場合、MLBは20〜40ドル、NBAは90ドル、NFLは100ドルを超える。MLBの場合は週6日は試合があるが、NBAはせいぜい週3回、NFLは週1回しか試合がない。だから、チケットの価格帯がこのような構造になるのは当然のことであるわけだが、それでは熱狂的なMLBのファンが週6日も野球観戦をするかというとそうはならない。逆に、NFLの熱狂的ファンが、アウェイの試合も含めてシーズン中全試合を観戦するとか、或いはホームの試合だけでも全て観戦するということが十分あり得る。NFLファンの方が、チケット代にかけるお金は多い筈である。

 

1枚のチケットが高額だと、子供連れで行くには勇気が必要だ。野球だったら、3連戦の場合最悪でも1勝くらいはするかもしれないし、4人家族で出かけても合計80ドルだから、ホームチームがたまたま負けても痛手はそれほど大きくない。しかし、NFLの試合に400ドル以上も払って家族連れで出かけて、ホームチームが負けでもしたら、精神的な痛手はかなり大きいだろう。

 

もう1つ理由があるとしたら、野球の場合は勝敗の行方が比較的読みやすいので、大量失点で負けが確定していれば7回裏の攻撃辺りで見切りをつけてとっとと帰ることも可能だということがあるかもしれない。オセロゲームのように、試合が一発でひっくり返るということがあまりないので、ゆったりと観戦できるし、負けも受け容れやすい。NBAやNFLで、第3クォーター(以後、第3Q)終了時点で大量得点差がついていて、第4Qで試合がひっくり返ることなど不可能というゲームがないとはいえない。でも、バスケットの場合は1本シュートを外したとたんに流れが変わって20点近い大差がひっくり返ることはざらにあるし、試合終了までコンマ何秒であっても1本のシュートで逆転がある。フットボールの場合は、タッチダウン(TD)1回で6点、フィールドゴール(FG)でも3点が入る。ラスト30秒を切ってリードが7点、しかも味方が攻撃中といった状況でも逆転がないとはいえない。オフェンスチームがファンブルかパスインターセプトで相手に攻撃権が渡り、ロングパス一発TDで1点差、2点コンバージョンで逆転という可能性があるのである。応援しているチームが試合終了直前に試合をひっくり返されて惜敗すると、高い金を払って観戦している観客は当然荒れるだろう。勿論、ホームチームが異常にだらしなくて前半終了時点で勝てる見込がなくても、高い金を払っているんだから簡単には帰れないという意味での精神的ストレスも大きいだろう。

 

因に、僕が今迄にテレビで観戦した試合で最も劇的な逆転は、次の2つである。

 

l        1986年5月のNBAプレーオフ準決勝、ロサンゼルス・レイカーズ対ヒューストン・ロケッツ第7戦:3勝3敗で迎えた第7戦も、第4クォーター終了間際まで大接戦、レイカーズ1点リードでラスト1秒という状況で、コートサイドからスローインされたボールをロケッツのサンプソンがバレーボールのセッターのようにジャンプトスして、そのボールがバスケットに吸い込まれた。アメリカのスポーツ専門チャンネルでは、今でも時々このシーンが放映される。

 

l        2002年11月のカレッジフットボール、ルイジアナ州立大学(LSU)対ケンタッキー大学(UK)の試合:第4Q途中までLSUがリードしていたが、UKが追い上げ、試合終了30秒を切った時点でFGでついに逆転した。LSUに攻撃権は移ったものの、自陣10ヤード地点からの攻撃、さらに反則で5ヤード罰退で、残り時間は3秒、誰もがUKの勝利を確信した。ところが、ここからクォーターバック(QB)が駄目もとで投げたロングパスは、UK側ディフェンスバック2人の手に触れて最後はLSU側ワイドレシーバーの手に渡り、最後はレシーバーがそのままエンドゾーンに走り込んでタッチダウンで逆転した。僕がLSUファンであることを差し引いても、こんな逆転劇は10年に1回あるかないかの奇跡であり、このシーンはこれから何十年にもわたって語り継がれることだろう。

 

こういう奇跡的な逆転劇があるからスポーツ観戦はやめられないわけだが、一方で自分の応援しているチームが一瞬の逆転を喰らった時のショックは大きいだろう。簡単に諦めがつかないから、NFLやNBAの観客が席で暴れても仕方がない。審判の判定も難しいから、判定がホームチームに不利な場合、罵声が飛び交うことにもなる。これが野球だったら、投手が投げたボールを打者が打って、送球よりも早く一塁に駆け込めばセーフなわけだから、盗塁や本塁返球時のクロスプレー以外で判定でもめそうな状況はあまり考えにくい。これも、MLBの観客が大人に見える理由の1つだろう。

 

ただ今ワシントンの近辺に本拠を置くプロチームは、どこもあまり強くない。NFLのワシントン・レッドスキンズは、ここ3年間全く良いところがなくて、前半終了時点で試合の趨勢が決まっているケースが多い。毎年新しいヘッドコーチを受け入れ、QBも固定化できるほどの信頼性を勝ち取っていない。だから、負け試合がかなり多い。観客席では相手方チームのサポーターとの間で、すぐに喧嘩が始まってしまう。ボルチモアにあるもうひとつの球団であるレイベンスは、2000〜01年のシーズンに大方の予想を覆してスーパーボウルのチャンピオンになった。今はその遺産もあるのでファンの不満が球場内で大爆発することはないかもしれないが、あと数年もして結果が出なかったら、ボルチモアという土地柄、かなり危ないスタンド観戦となるかもしれない。NBAのワシントン・ウィザーズの場合は、カリスマ的プレイヤー、マイケル・ジョーダン健在なので、最後まで一発逆転があることを期待して観客が最後まで大人の応援を続けているが、ジョーダンが現役復帰してウィザーズに入団する前の2000〜01年のシーズンは結構観客が荒れていたらしい。ジョーダンは今期限りで引退なので、今シーズンある程度来年への足掛かりとなるような成果を挙げないと、来年度は観客がそっぽを向くかもしれない。

 

MLBでは、唯一、ボルチモアにオリオールズというチームがある。読売巨人軍の松井秀喜外野手に一時盛んにラブコールを送っていた球団である。オリオールズには、昨年までカル・リプケンJrというカリスマ選手がいた。リプケンに関しては以前「サンチャイ通信」でも紹介したのでここでは省略するが、リプケン引退後のオリオールズは、野手のスター選手の獲得で大苦戦を強いられている。過去2年、夏頃までは勝率5割前後をうろちょろする力は持っているが、その力の源泉は投手陣の頑張りにあり、夏頃に投手陣にバテが見られるようになると、とたんに勝率を落とす。昨シーズンなど、オールスター明けからなんと4勝しかしていない。この球団の問題点は、打撃力にある。同じディビジョンにいるニューヨーク・ヤンキースが財力にものを言わせて完成した選手を高額のギャラで獲得しているのを見ると、僕は読売巨人軍的補強政策で非常に虫酸が走る。だからこそ松井君にはニューヨークでなくボルチモアに来てもらいたかったわけだが、松井君もやっぱり「日本球界は巨人で持つ」的思考形態から抜けられなかったのねと残念に思う。

 

90年代初頭はワールドシリーズ出場の経験もあるオリオールズ、しかも本拠地に「カムデンヤード」は、全米屈指の美しさを誇る球場である。野球場に来る家族連れは、弱小の地元球団であっても一生懸命応援する。フットボールやバスケットボールに比べて、圧倒的に「大人」の応援である。我が息子にも安心して見せられる。何度も連れて行っているので、子供達も勘所を抑えていて、「チャージ!」と歓声を張り上げ、味方のチャンスの時には、「ノイズ」を大声で出し、相手方の投手が投球に集中できないようにと努力する。イチローや佐々木のいるシアトル・マリナーズがボルチモアに来た時には、イチローのヒットや盗塁には声援を送りつつも、最後の見せ場にはオリオールズを応援して、佐々木に投球に集中させないように大声を張り上げ、オリオールズのサヨナラ・ヒットを誘ったりした。マリナーズファンが多いスタンドで、ひたすら地元チームの勝利を祈るけなげなファンだ。「王・長島」で育った僕の幼年期と同様、子供達にとっては「イチロー」なのだ。

 

野球には一瞬の判定というのが比較的少ないから、ゆったりと観戦できるため、試合中に席を離れてピーナッツやクラッカージャックを買いに出かけたりもできる。球場内は随所にテレビが設置されており、いつでもどこでも試合の途中経過を確認することができるのだ。週末に子供を連れて、晴天の下で野球を観戦するのもいいし、仕事上がりに職場の同僚を誘って出かけ、ご当地チームの不甲斐なさにブーイングを送りながらもビールで一杯なんてのも夕涼みとしてはなかなかの趣向だ。そういうゆとりある応援には野球は最適だと思う。アメリカン・スポーツでは、どんな種目においても、殿堂入りした英雄的選手をいつまでも大切にし、そうした選手が球場に姿を見せれば、全員起立のスタンディング・オベーションで暖かく迎える。昔地元チームで活躍したプレイヤーが亡くなったりした時には、観客全員で黙祷を捧げたりもする。昔のヒーローをいつまでも大切にする心の温かさは、特に歴史の古い野球が最も優れているように思う。日本では青田茂さんが亡くなったってナゴヤドームで観客が黙祷するなんてことは考えられないが、アメリカでは、つい数ヶ月前にテッド・ウィリアムズが亡くなった時、オリオールズでプレーしたわけでもないのにカムデンヤードでも黙祷が行なわれた。

 

カレッジもなかなか・・・

 

プロスポーツの話題でかなりの字数を使ってしまったが、実はご当地チームの応援の過激さという点では、カレッジ・スポーツも負けてはいない。大学と大学のプライド、愛校心のぶつかり合いはなかなか激しく、強豪校とのホームゲームともなると、ここぞという時には歓声のレベルを上げて、相手校の選手に集中させないために観客も全力を尽くす。フットボールでは、自陣エンドゾーン近くまで相手校に攻め込まれた場合、歓声によって相手方QBのシグナルコールが聞こえないようにする(これで相手チーム内でプレー選択の意思疎通が適切に行なえないようになる)。勿論、この声援は地元校の守備陣の士気を高めるという目的も当然ある。バスケットボールでも、相手チームがフリースローを行なう場合、場内は異様な歓声と罵声で包まれるのである。観客もプレーヤーの一人であるという意味を本当に実感できるのは、実はカレッジスポーツかもしれない。

 

最近、ルイジアナ州立大学(LSU)が地元に全米第1位のアリゾナ大学を迎えて行なわれたバスケットボールの試合をバトンルージュで実際に観戦したが、自分がしゃべっている声が全然聞こえないくらい場内は騒然としていて、そんな中で士気が高まった地元選手達は、見事にアリゾナ大学を撃破したのであった。試合終了と同時に、コートには応援していた学生が踊り出て、選手と一緒に勝利の喜びを分かち合った。番狂わせといってもLSUは比較的強いチームだが、2001年12月にワイオミング州ララミーで見たワイオミング大学とアラスカ大学アンカレッジ校の試合なんて、ララミーの市民が大挙して押し寄せ、クリスマス休暇で学生もまばらな会場で、普段ララミーの街中でハンバーガーを食べたり、スーパーマーケットで買い物したり、散髪したり彼女とデートしたりしている「オラが町」のスター選手達を応援している。ワイオミングの田舎町にまで行くと、試合開始の少し前までアパートで友人やガールフレンドとワイワイガヤガヤやっていた学生選手が、「さあひと試合やってくるか!」ってなノリで会場に乗り込む感じで、全米ランキング校のようなプロ的な風情はあまりないけれど、なかなか興味深い試合だったと思う。

 

ワシントン周辺でいえば、セミプロ的大学スポーツとしてはメリーランド大学やバージニア大学、バージニア工科大学がある。特にメリーランド大学とバージニア工科大学は最近学問の方で非常に評価が高まってきているため、スポーツ選手の補強にもかなりの予算を注ぎ込めるようになり、フットボールでもバスケットボールでもサッカーでも非常に強くなった。ジョージタウン大学はバスケットボールの名門校であるが、最近はメリーランド大学に追い越された感が強い。バージニア大学はそこそこどの種目もやっているようだが、全米ランキングを争うところまではいかない。同大学があるシャーロッツビルは所謂学生街的な都市であるため、地元に強豪校を迎えた場合には結構番狂わせを演じたりもする。ワシントン近郊でこの「カレッジスポーツ的感動」を体験してみたい方は、是非シャーロッツビルを訪ねられてはいかがだろうか。

 

(2003年1月17日)