インクラインド・プレイン紹介B

ジョンズタウン・インクラインド・プレイン
Johnstown Inclined Plane

 

 

 

 


 

場所:ペンシルベニア州ジョンズタウン

アクセス:ワシントンからは車で約4時間

 

インクラインド鉄道というのは、どうも谷間の町が郊外に向かって拡大する過程や、河岸段丘に開けた町が一段上の丘に向かって開発が進む過程で設置されるらしい。ピッツバーグのインクラインド鉄道や、カナダ・ナイアガラフォールズにある非常に小さなインクラインド鉄道を見て、どうもそんな気がする今日この頃である。ボクたちは2003年7月3日から6日にかけて、カナダ・ナイアガラフォールズに観光旅行に出かけたが、その往路でピッツバーグに立ち寄ってデュケイン・インクラインに乗り、帰路は同じペンシルベニア州のジョンズタウンに寄って世界最大の斜度を誇るジョンズタウン・インクラインド・プレインに乗った。

 

ペンシルベニア州西部はアレゲニー山脈が連なる山岳地帯で、高原状に開けた土地もあれば、高い丘とその谷間を流れる川とで非常に起伏に富んだところもある。アメリカの中でも比較的所得水準が低い地域である。ジョンズタウンに行くには、フィラデルフィアからピッツバーグに繋がるペンシルベニア・ターンパイクI‐76号線をサマーセットで下り、そこからさらに州道219号線を30マイル北上しなければならない。道路は高速道路並みに整備されているが交通量は少なく、調子に乗ってスピードを出すとパトカーの餌食になるので注意が必要だ。いくつもの坂の上り下りを経てようやく着いたジョンズタウンは、谷間に開けた古い町で、着いた瞬間にインクラインド・プレインがどこにあるかひと目でわかる小さな町だった。アレゲニーの山岳地帯は、夕立でもあればフラッシュ洪水がすぐに発生するような日本の地形に非常に似ている。実はこの町も、1889年に相当深刻な洪水に襲われた。当時の水位を示す看板が今でも残っているが、信じられないほど高い水位で、2200人もの人命が失われたそうだ。ジョンズタウンにはその時の傷跡を記憶にとどめておくための洪水博物館が設置されていて、この小さな田舎町の数少ない観光スポットのひとつとなっている。

 

さて、お目当てのインクラインド・プレインであるが、市の西側を流れるヒンクストン川の西岸の崖に設置されていて、そこに行くには鉄橋を渡らなければならない。この鉄橋、自動車も渡れる立派なものなのだが、鉄橋を渡るとすぐにそこは駅になっていて、駐車場は車寄せ、ロータリーといったものは一切ない。つまり、この鉄橋を渡った車はそのままインクラインド列車に搭載され、坂の上まで運ばれるのである。坂の上には住宅街が広がっており、ここから一気にジョンズタウンの中心街に下りるには、迂回路を通るよりもインクラインド・プレインを使う方が近いわけだ。

 

このインクラインド・プレインは、19世紀の悲惨な洪水災害の直後、1891年に開設された。洪水の被害を受けた住民が、被災地域からより海抜の高いところに生活基盤を移すことを目的として敷設された。当時は、この住宅地域からジョンズタウンの製鉄所に向かう通勤客の貴重な足として活躍していた。今も通勤手段であることは変わりないが、坂の上にはビジター・センターや展望台、アイスクリームショップ、ギフトショップ等が設置されていて、観光客にも十分対応できるようになっている。また、2003年中にはレストランも開店するそうだ。

 

そしてここの売りはなんといっても斜度71.9%の急坂である。とはいってもここも標高差は100mほどなので、乗車時間は3分弱でしかない。ペンシルベニアの目抜き通りから30マイルも奥に入ってたったの3分×2回の乗車というのはちょっともったいない気もするのだが、ここのインクラインド・プレインは、ジョンズタウンの近くにあるアルトゥーナの「ホースシュー(馬蹄形)カーブ」(鉄道が上りの斜度を低めにするために、著しい蛇行のレールを敷設した箇所)と合わせ、ワシントン界隈ではかなり有名な鉄道関係スポットである。いずれもアレゲニー山脈の地形に対応して人間が考え出した知恵の成果であり、とても興味深い。

 

ジョンズタウン・インクラインド・プレインのウェブサイトはこちら

ジョンズタウンとカンブリア郡の観光案内サイトはこちら

 

(2003年7月10日)