世界銀行と財団のパートナーシップ

 

2003.6.26

山田浩司

 

目次

1. 背景〜「国際公共財」供給に関連して

2. 財団による支援の例

3. 財団の定義

4. 世銀‐財団パートナーシップの現状

5. コミュニティ財団イニシアチブ

6. 日本の財団との関係構築

7. 最後に〜JICAにとっての含意

 

 

1.背景〜「国際公共財」供給に関連して

世界銀行がなぜ財団とのパートナーシップに注目するのかについて、先ず国際公共財供給に関する国際的議論を紹介してみたい[1]

感染症対策、気候変動抑制、国際金融の安定化、平和構築を総称して、「国際公共財(International Public Goods、ないしはGlobal Public Goods)」と呼ぶ[2]。これらの開発目標達成のためには、国単位の対策のみならず、国境を越えた地域単位、あるいは国際社会全体としての連携の取れた取組を必要とする。グローバリゼーションの進展とともに、こうした課題に取り組む必要性は急速に高まってきた。しかし、供給側を見た場合、各国政府や企業、家計部門は、自身の行為が他者に与える便益や費用に対して全く配慮することなく行動選択するし、各国国民が便益や費用の評価を共有できる価値観を持つとは限らない。このため、地域横断的あるいは地球規模での便益実現・費用抑制に向けた各国の費用分担を決める調整メカニズムを構築することは難しい。「公共財」には常に非排除性が付随するために費用を負担せずにその便益のみを享受できる「ただ乗り」を排除することができない。結果的に国際公共財は過少供給になる。

国際公共財の供給をいかに実現するかについて、UNDPや世銀において、1999年頃から盛んに議論が行なわれてきた。従来の政府開発援助(以下ODA)は、程度の差こそあれ殆どの場合受益国政府側の要請に基づいて実施されてきた。また世銀のような開発金融機関の主な援助ツールは返済を伴う融資であるため、仮に域内ないし国際的課題調整メカニズムが形成されたとしても、それを対象とした貸出を実施することは難しい[3]。そこで注目されたのがグラント(無償資金協力)であり、さらに突き詰めれば、1990年代に見られた先進各国のODA予算の減額傾向とは逆に国家間の資金移転額を急速に伸ばしてきた財団の役割であった。

国際公共財供給を目的とした国家間資金移転総額は、1994〜98年の年間平均で約50億ドルと言われている(World Bank, 2001)。その内訳は、国内活動の便益を他国も享受できるようなプログラムの支援を譲許性資金の当該国への移転を以って行なったケースが20億ドル、信託基金、財団を通じた国際的ないし域内プログラムへの支援がそれぞれ20億ドル、10億ドルとなっている。国別プログラムではなく、地球横断的プログラムや域内横断的プログラムの実施を支援するための資金移転の三分の一が財団を通じて行われているわけである。財団を通じた資金移転額は1990年代を通じて年平均8%の高い増加率を記録し、ODAに比して相対的に重要度を増してきた。2000年時点で、財団の資金移転額は対ODA比で2%程度であるから、国際公共財供給分野での財団の存在感は極めて大きい。

 

2.財団による支援の例

財団は、国境による制約を受けることなく、知識の創出や普及を支援し、平和構築、公衆衛生、環境、農業といった分野においてリスクを伴うプロジェクトの実施を支援することで国際社会に変化をもたらす触媒的役割を果たしてきた。幾つかの事例を紹介する。

 

(1)農業研究

 国際農業研究諮問グループ(Consultative Group for International Agricultural Research, CGIAR)は、世界16の農業研究センターから成る農業基礎研究のネットワークを支援するドナーの集合体である。農業基礎研究の成果は国際公共財と見なされ、その成果を元にして各国別の応用研究が進められ、普及が行なわれる。2002年のヨハネスブルグ会議で日本が強調した「ネリカ米」は、CGIARの支援対象研究センターの1つであるWARDA(在象牙海岸)の研究成果である。歴史を遡れば、「緑の革命」の起爆剤となったIRRI(在フィリピン)の高収穫米研究が有名であるが、IRRIの農業研究を助成したのはロックフェラー財団とフォード財団であった。現在は先進国政府による拠出割合が増えているが、現在もCGIARの有力会員としてロックフェラー、フォード、ケロッグといったアメリカの民間財団が名を連ねる。

 

(2)感染症対策

ビル&メリンダ・ゲイツ財団は1990年代後半に急速に助成規模を拡大しているが、その主な支援対象は感染症ワクチン研究開発と予防接種普及である。国際ワクチン・予防接種連盟(Global Alliance for Vaccines and Immunization, GAVI)に7億5千万ドルを助成した他、国際エイズワクチン・イニシアチブ(International AIDS Vaccine Initiative)に25百万ドル、マラリアワクチン・イニシアチブ(Malaria Vaccine Initiative)に75百万ドルの助成を行なっている。

感染症対策分野での初期の成果はアフリカ・オンコセルカ感染症対策(Riverblindness Program)であるが、この多国間プログラムには医薬品メーカーのメルクが医薬品や資機材供与の支援を行なってきた。

 

(3)知識の創出と共有

上記(1)、(2)ではアメリカの企業家が巨額の資産を活用して助成を行なっている事例ばかりを紹介したが、基本財産の規模が大きいアメリカの民間財団だけが国際公共財供給を支援しているわけではない。知識の創出を目的とした研究助成は日本の民間財団も多種多様なプログラムを持つ。助成財団センター(2002)によると、日本の助成プログラム総数1380のうち、406(29.4%)が研究助成である。これは、日本の財団の多くが企業財団で、1970年代後半の低経済成長への移行期に設立され、各企業が研究開発に力を入れたことと無関係ではないが、一方で専門技術研究開発ではなく、国際社会が抱える様々な課題の解決を目指した調査研究活動を助成するプログラムも芽生え始めている。例えば、トヨタ財団は1996年から2000年にかけてアジア砒素ネットワーク(AAN)による「ガンジス川下流域における砒素汚染解決に向けた調査・研究及び提言」に対して市民社会プロジェクト助成を行なった(渡辺2002、Toyota Foundation 2001)。AANの調査研究はバングラデシュ国内だけではなく世界の砒素汚染研究者からも注目され、彼らが試作したプロトタイプ砂濾過フィルター(PSF)はバングラデシュ国内で他のNGOや援助機関が実施中の地下水砒素汚染対策プロジェクトで応用が試みられている[4]

 

3.財団の定義

日本のODA関係者の多くは、日本のODAプログラムと財団の助成プログラムを繋げて考えることが少ないからか、世銀スタッフが「財団(Foundation)」に言及する場合、すぐにそれを理解することが難しいようである。むしろ、多様な資金源の可能性を常に探らねばならないNGOの関係者には比較的イメージがし易いのかもしれない。本章では、世銀が「財団」に言及する場合の定義について簡単に説明したい。

「財団(Foundation)」とは、非営利法人または慈善基金として設立された事業体を指し、科学、教育、文化、宗教、その他分野での慈善活動を目的として、同事業体と関係を持たない独立した団体や研究機関、個人に対してグラント(無償資金援助)を行なう。政府や企業、個人からの寄付や会費収入を基本財産(endowments)として運用し、その運用益を原資としてグラント供与する場合もあれば、積み立てられた基金(+運用益)を原資としてグラント供与する場合もある。

財団は大きく「民間財団(Private Foundation)」と「公共財団(Public Foundation)」に分けることができる。両者の違いは収入源の多様化の度合いによるもので、「民間財団」の場合は、1個人か1家族、ないしは1企業からの基金拠出に依存するが、「公共財団」の場合は、不特定多数の個人からの寄付や政府機関からの助成金、民間財団からの助成金、会費収入等、収入源が多岐にわたる。

直営事業の実施の有無を以って分類する場合もある。「事業実施財団(Operating Foundation)」は、外部の組織に対するグラント供与はあまり行なわず、原資は直営事業の実施に充当する。日本のNGOで「財団法人○○」「○○財団」と名乗って実際に途上国で直営事業を実施しているケースがあるが、これらは「事業実施財団」に近い[5]。これに対して、直営事業ではなく専ら外部の組織に対してグラント供与を行なう財団を敢えて「助成財団(Grant-making Foundation)」と呼ぶこともある。世銀では一般に「助成財団」を「財団」と呼んでいる[6]

「公共財団」のうち、特定地域内の篤志家からの寄付を元に、地域内の住民主導プログラムに助成を行なう助成財団を「コミュニティ財団(Community Foundation)」と呼ぶ。コミュニティ財団概念の歴史は古く、1914年のフレデリック・ゴフによる「クリーブランド財団」設立にまで遡る。当時、カーネギーやロックフェラーといった大企業家による民間財団の設立が盛んに行なわれていたが、ゴフは、大富豪ではない普通の市民でも、生涯所得の一部を拠出すれば同じような財団を設立することは可能なのではないかと考え、クリーブランド市民に寄付を以って財団を設立した。以後、アメリカ国内には400以上のコミュニティ財団が設立され、この動きはカナダや東欧にも広がりつつある[7]。日本では「コミュニティ財団」と銘打った財団は1991年設立の大阪コミュニティ財団しかないが、財団法人日本国際交流センターによれば、同様な仕組を持ったまちづくり基金[8]や民間資金開拓の促進事例はかなり多様化しており、住民グループ主導によるコミュニティ生活改善事業への助成は徐々に拡大してきているとのことである(2003年6月の聴取調査による)。

 


4.世銀‐財団パートナーシップの現状

世銀‐財団パートナーシップの世銀ウェブサイトによると、同パートナーシップは貧困削減と持続可能な開発の促進を目的とし、国レベル或は地方レベルにおける世銀貸出を直接享受できない受益者を対象とした金融資源の動員にプライオリティを置くとされている。

第1章、第2章でも述べた通り、世銀では、国際公共財供給における財団の資金移転に強い期待を表明しているが、その一方で、各国レベルにおいては、世銀貸付による支援が難しい受益者を対象として、財団を通じた補完的支援が行なわれることを期待しているのである。即ち、住民主導の開発(Community-Driven Development, CDD)への取組に対する助成や、国際協力NGOの草の根的活動に対する助成である。この点において、世銀は財団とNGOの明確な区別をしていない。世銀には、事務局を信託基金戦略・ドナー調整ユニット(Trust Fund Strategy & Donor Relations Unit, TFS)の財団調整官が務める財団作業グループ(Foundations Working Group)があるが、その主要メンバーに社会開発局のNGO・市民社会グループが含まれているのはこのためである。重点分野として、コミュニティ開発・社会開発、キャパシティビルディング、環境管理、ガバナンス、保健、教育、民間セクター開発が挙げられている[9]

 

(1)協調融資のパートナーとして

やや古いデータになるが、2001年度の対世銀信託基金拠出額で、ビル&メリンダ・ゲイツ財団は36.5百万ドルを拠出している。これは単独のドナーとしては12位にランクされ、ドイツやフランス、オーストラリア等よりも大口である。

国際公共財供給という視点からは若干外れるが、譲許性の高い資金を拠出できるという点では、加盟国政府による協調融資と同様の役割が財団にも期待されている。よく活用されるのが信託基金拠出によるジョイント協調融資であるが、受益国政府と個別のグラント合意書を締結して行なうパラレル協調融資も多い。幾つかの事例を列挙する。

§        Partnership for Strategic Resource Planning for Girls’ Education in Africa:ロックフェラー財団、ノルウェー政府、アイルランド政府、アフリカ教育開発協会(ADEA)、アフリカ女性教育者フォーラム(FAWE)等とのパートナーシップでWBIが実施

§        Global Alliance for Vaccines and Immunization (GAVI):オランダ政府、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、ユニセフ、その他民間セクターとのパートナーシップにより、世銀人間開発局保健栄養人口セクターユニットが実施

§        Investment Partnership for Polio:世銀(IDA)、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、国際ロータリー、UN財団[10]のパートナーシップにより、先ずナイジェリアで実施。同国におけるポリオ経口ワクチン普及のためのIDA貸出28百万ドルについて、同国がポリオ撲滅に向けた中間目標を達成する毎に財団拠出基金からグラントを供与してIDA債務残高を買い取る(buy-down)メカニズム。目標達成度の評価はWHOが行なう。今後、パキスタン、アフガニスタン等で累次導入予定。

§        Pamir Private Power Project:2002年7月承認のタジキスタン向けIDA貸出で、既存の電力設備の稼働率向上に向けた民活導入支援を目的とするが、操業をアガ・カーン開発ネットワーク[11]とIFCの共同出資会社で行なう。

 

(2)知識共有のパートナーとして

 また、世銀は、協調融資、共同事業実施を通じたパートナーシップを推進する一方で、相互のプログラム実施に当たって、定期協議会や各種ワークショップ、日常の交流を通じ、関係者間で上位目標や情報、ノウハウが共有されることを期待している。

上位目標とは、即ちミレニアム開発目標(以下MDG)のような国際的に先進国、途上国間で既に共有されている目標であり、その達成に向けていかに世銀と財団の持つ情報やノウハウを共有するかである。財団の助成プログラムが国際公共財供給という点でいかに意義あるものなのか、国際公共財がいかに各国レベルの貧困削減に寄与するのかを財団側に自覚してもらい、MDG達成に向けた財団の参加意識を高め、民間レベルの資金移転におけるいっそうの貢献を期待している。これは一種の協調融資であるため、世銀としては財団に対して情報開示を進めるとともに、財団側の持つ情報の共有も求めてゆく必要がある。

各国レベルの上位戦略は貧困削減戦略ペーパー(以下PRSP)に記載される。このため、世銀は財団に対してPRSPの位置付けと参加型戦略策定プロセスについて情報普及を行ないたい。企業や家族主導の民間財団、コミュニティ財団は、助成プログラムのニーズを分析し、グラント申請の優先付けや承認行為を行なう理事会組織が必ず設けられており、特にコミュニティ財団の場合、当該コミュニティ内から選出された理事によって理事会が構成されるガバナンスの仕組を持っている。PRSPでは誰が市民社会の代表者かという問題提起が常に付きまとうが、コミュニティ財団を当該コミュニティの市民社会の代表と見なすこともできる。そして、まちや村の生活環境改善への取組を支援するコミュニティ財団の経験とノウハウは、PRSP対象国における市民社会の参加意識の向上に寄与するものと期待されている。

 

5.コミュニティ財団イニシアチブ

事業レベルのパートナーシップの1つとして、本章では「コミュニティ財団イニシアチブ」を紹介したい。このイニシアチブは、世銀が提唱する住民主導型開発(Community-Driven Development, CDD)推進の手段として、アメリカを中心に発達してきた「コミュニティ財団」コンセプトの適用可能性を探るパイロット事業で、世銀、財団評議会(Council of Foundations)[12]、欧州財団センター(European Foundation Center)[13]、チャールズ・スチュワート・モット財団、フォード財団の共同イニシアチブとして発足した。

世銀がコミュニティ財団に注目するのは、当該コミュニティの構成要素をセクター横断的に全て1つのテーブルに乗せ、コミュニティの課題としての合意形成を図り、コミュニティ自身が持つ資源をプールして優先度の高い活動に投入し、資源のレバレッジを高めることを通じて、コミュニティ財団は住民主導型開発促進とコミュニティの能力構築の一翼を担う潜在性が高いと期待されるからである。コミュニティ財団はより長期戦略的見地に立ってコミュニティ開発事業助成の優先順位付けを行なうため、当該地域の貧困削減への寄与が大きい。また、コミュニティ財団は当該地域で活動する全ての市民社会組織・NGOに対してセクターの垣根を越えた単一の協議スペースを提供できるため、財団自身が当該地域の市民社会の代表として、政府との政策協議に臨むことも考えられる。

世銀では既に1998年の段階でその可能性に注目し、フォード財団の資金協力を元にコミュニティ財団の専門家を傭上し、2年間にわたる現況調査を進めてきた(Malombe 2000)。結果として5カ国におけるコミュニティ財団コンセプトの試験的導入のパイロット事業が浮上してきた。現在はTFSと社会開発局の費用折半によってタスクマネージャーを傭上したところで、今後対象国の選定や具体的な役割分担が議論されてゆくことになる。新しいコンセプトの移転を伴うため、対象国に対する技術援助が行なわれるであろうが、同技術援助向けグラントの原資は財団による信託基金拠出、コンサルタントの傭上にあたっては財団評議会や欧州財団センターを通じた人選が行なわれることになろう。

目下のところ、コミュニティ財団推進者の二国間援助機関に対する長期的な期待は、資金供与を通じた財団の基本財産の規模拡大にある(Malombe 2000)。短期的にはフォード、ソロス、マッカーサー、ケロッグ、ロックフェラー等多くの民間財団が同イニシアチブの枠組の内外で基本財産支援に関与しており、パイロット事業の段階で二国間援助機関の関与を求める声は今のところさほど大きくはない。むしろ、コミュニティ財団が定着する前に巨額の基本財産が積みあがると、組織のガバナンスに悪影響をもたらすとの懸念も指摘されている。パイロット事業の進捗状況を睨みつつ、二国間援助機関、米欧以外の財団への情報普及を進めてゆくことになるだろう。

 

6.日本の財団との関係構築

財団法人助成財団センターが2001年に行なった調査によると、日米の財団の資産総額、及び年間助成額の上位20財団を比較すると、日本とアメリカの財団では、資産総額で約33倍、年間助成額で約29倍の開きがある(助成財団センター 2002)。第2章で触れた通り、日本の財団の多くは研究助成の他に外国人留学生向けの奨学金プログラムを持つが、海外プロジェクト助成のプログラムを持つ財団は5つしかない[14]。規模の上で圧倒的に小規模であり、TFSの財団調整官の視野に日本を含めたアジアの財団へのアプローチがあまり入っていないのが現状で、当面は欧米の財団コミュニティとの関係維持強化に重点が置かれている[15]。日本の財団との関係構築は端緒についたところである。2002年5月のイアン・ライトTFS課長及び筆者による日本経団連、トヨタ財団、財団法人助成財団センター、国際交流基金訪問、2003年6月の両名によるジャパン・プラットフォーム、JANIC(アジア・コミュニティ・トラスト事務局)、財団法人日本国際交流センター訪問と、それを契機とした世銀‐財団パートナーシップ関連の情報提供がこれまで行なわれたところである。

日本の財団については、@NPO税制の整備が不十分で寄附行為に対する免税措置が十分適用されない、A民側の公的部門への依存体質が根強く、財団助成によるNPO部門の成長が市民社会の成熟に必要不可欠であるとの合意が得られていない、B日本の財団法人は、その事業目的に応じて主務官庁か都道府県庁で法人登記の認可を受ける必要があるが、事業目的を変えてゆくことが非常に難しく、時代のニーズに迅速に対応できない、これらの結果として財団が資産規模を拡大することは困難であるといった問題点が指摘されている[16]。また、2回にわたるライト課長と筆者の日本訪問によって明らかになったのは、日本には「財団」の定義に関して広範な合意がなく、アメリカの財団評議会のように財団コミュニティの核となり得る組織が特定しにくいということであった[17]

他方、小規模ながらも研究助成や奨学金といった人材育成面での支援はかねてから日本の財団も得意とするところであり、さらに日本と他国の市民社会の交流対話、知識の共有の場を提供するための助成プログラムを持つ財団も幾つかある[18]。世銀としては、当面、MDGやPRSPといった世界的に共有されている目標と日本の助成財団やNGOのプログラムのリンクを意識してもらい、両者間の整合性(alignment)を高めてゆくため、知識共有やネットワーク形成を支援する助成財団プログラムと連携して日本やアジア地域での情報普及を実施してゆくことが考えられる。さしあたって検討がなされているのは、2003年9月に東京で開催される「第4回CSOフォーラム」への世銀職員の派遣である。同フォーラムでは、まさにMDGを各CSO・NGOのプログラムにどう繋げるかが議論される予定である。

その他具体的な準備中の連携としては、2003年12月3、4日にワシントン世銀本部で開催されるDevelopment Marketplace 2003: Global Competition[19]の審査員として、ジャパン・プラットフォームの黒川千万喜事務局長の招聘が挙げられる。黒川氏は上記CSOフォーラムの日本側事務局であるCSO連絡会の共同議長であり、昨年までトヨタ財団の専務理事を務め、日本国内の助成財団、NGOコミュニティの中でも認知度が極めて高い。Development Marketplace事務局側の狙いとしては、日本からのイベント財政支援があるが、その前段階として黒川氏にイベントの目的と意義について理解を深めてもらい、来年度以降のDevelopment Marketplace開催の際には、日本のNGOからのプロポーザル提出件数の増加[20]とともに、日本の財団からDevelopment Marketplace向けマルチ・ドナー信託基金への拠出を期待している。

 

7.最後に〜JICAにとっての含意

これまで述べてきた通り、世銀が財団とのパートナーシップを重視する背景には、資金移転の面での財団の存在感があることは否めないが、他方で、上位目標を共有し、お互いの優れた点を十分理解して相互補完的な役割分担を意識することで、ミレニアム開発目標(MDG)や貧困削減達成に向けた効果の拡大を狙っている。しかし、この動きは目下のところ欧米の財団とのパートナーシップが中心に据えられており、日本を含めたアジアの声が反映されているとは言い難い。World Bank(2001)で、世銀は国際公共財供給における日本の財団の台頭にも言及しているが、具体的に対日本での今後のアプローチについては全く言及していない。日本の助成財団の規模が小さく、アメリカの財団評議会、欧州の欧州財団センターのような核となるべき組織の特定が日本では難しいことから、世銀の対日アプローチは方向性が定まっていない。

貧困削減という目標を念頭に世銀の対日アプローチを組む場合、核としてのJICAへの期待は大きい。JICAは、途上国における技術協力事業の実施に際して、国内関連省庁、大学、NGO、コンサルタント、民間企業、地方自治体等、人材派遣面で多くのセクターからの協力を得てきたばかりでなく、国内16のセンター、各都道府県に配置した国際協力推進員、帰国専門家・協力隊員連絡会等を通じて既に国内に張り巡らされたネットワークを持つからである。

 

(1)クロス・セクトラル・パートナーシップの推進

財団法人日本国際交流センターは、1997年から2000年にかけて、「企業とNPOのパートナーシップ」と呼ばれる共同研究を実施し、アジア太平洋地域7ヶ国の成功事例について調査を行なった[21]。その調査報告書によると、「アジア太平洋諸国の経済発展の原動力となった企業の役割が拡大するにつけ、その社会的影響力は増大し、その結果、企業自身が社会的課題に積極的に関わる傾向が見られるようになった」こと、「アジア各国では、企業とNPOの間だけではなく、複数のセクターの間でパートナーシップの形成が進んでいる」ことが指摘されている(山本 2003)。政府セクターだけでは問題解決に至らないとの認識が強まり、政府、地方自治体、企業、学界、言論界、NPO、一般市民の中に内在する多くの才能、専門性、特質を活用することが求められ、それぞれがパートナーとなって協力(クロス・セクトラル・パートナーシップ)することで、各々が持つリソースのレバレッジが高まり、影響力を拡大することができると認識され始めている。

JICAが独立行政法人化に臨むにあたって、キーワードの1つは「国民参加」である。国民の参加形態は単にJICA事業の手足として研修員受入や専門家・協力隊員派遣、委託事業の実施を担うといったことに留まらない。草の根技術協力事業(草の根協力支援型)は、JICAがNGO、大学、公益法人等とお互いのリソースを持ち寄って事業効果を高めるまさに「クロス・セクトラル・パートナーシップ」の典型である。草の根技術協力事業のようなパイロット事業の普及拡大には持続性の高いビジネスモデルの確立が必要であるが、そのためのビジネスアドバイザーは民間セクターから傭上するのが望ましい。さらに、コミュニティ財団のようなコンセプトが途上国に普及すれば、パイロット事業の普及拡大を現地のコミュニティ財団の助成金を活用して進めることも検討可能である。

山本(2003)は、パートナーシップを組もうとする際に他のパートナーがどのような力を持ち、専門性を提供できるかを慎重に検討する必要があると指摘する。世銀、日本の政府機関、NGO、助成財団、企業、地方自治体(国際交流協会等)、まちづくりに関わってきたNPO、マスコミ、学界等、様々なセクターが、途上国のむらづくりと貧困削減に関連する分野に適用し得る経験と知識、専門性が何であるか、相互理解を深める必要がある。

 

(2)ミレニアム開発目標(MDG)、貧困削減という目標の共有

山本(2003)は、さらに、パートナーシップを組む人間同士が共通の目標を共有し、ある種の共通の価値観を共有することが必要であると指摘している。

国際協力を志向する日本のNGOの中で、国際的に合意が得られているMDGやPRSPと自らの事業との関連性について十分な意識を持つ団体は少ないとの指摘がある[22]。地方自治体の外郭団体である国際交流協会や在日外国人との交流や支援を行なう草の根国際交流団体にも同様の傾向があるという。海外進出企業の間でも進出先コミュニティにおける企業の社会的責任への意識は高まりつつあるが、その活動をMDGやPRSPに繋げるには至っていない。このようにばらばらなベクトルを貧困削減達成に収斂させるためには、情報普及が適切に行なわれ、各パートナーの間で目標が共有されなければならない。

欧州では、「Europe in the World」と呼ばれる欧州の財団及びそのパートナーのためのウェブコミュニティ(http://www.europe-in-the-world.info/)が形成されている。欧州のNGOや途上国のNGOの活動内容を紹介し、二国間援助機関や民間セクター、財団、さらには個人による、それら団体への資金供与、直接的寄附や財団助成を促進することが目的で、資金はMDG達成に向けた欧州以外の地域での活動支援に活用される。その仕組は、オンライン上での資金動員促進という点では日本における「GambaNPO.net」や「ぼきんやドットコム」に近く、マルチ・ドナーのためのプラットフォームであるという点では「ジャパン・プラットフォーム」とも近い。しかし、「Europe in the World」はウェブサイトで政策課題としてMDG達成支援を明確に謳い、MDG理解促進のためにかなり詳細な説明サイトを添付しているという点で、世銀の財団作業グループが注目する試みである。

様々なステークホルダーの間で目標の共有を図るため、JICAに対して、MDG啓蒙普及を目的としたセミナーの開催を提案したい。「Europe in the World」の開設と運営には欧州財団センターが関わっているが、核となる市民社会ネットワーク組織の特定が難しい日本ではターゲットを1団体に絞ることは難しい。参加者としては、

§       財団法人助成財団センター、日本経団連、海外活動助成を行なう財団、さらに「GambaNPO.net」や「ぼきんやドットコム」といった国際協力向け民間資金開拓スキームの関係者、

§       CSO連絡会やJANICといったNGOのネットワーク組織、

§       草の根国際交流団体、自治体国際交流協会のネットワーク組織等

§       アジア各国の市民社会の代表者。例えば、JANICが持つアジアのNGOネットワーク組織とのネットワークや、財団法人日本国際交流センターが日本代表を務めるアジア太平洋フィランソロピー・コンソーシャム(APPC)を通じた参加者招聘、

§       マスコミ

世銀とJICAの共催事業の一案として、以上の提案を行なった。シンポジウムやセミナーの実施に際しては、幾つかのネットワーク団体との共催という形であれば、それら団体はトヨタ財団や国際交流基金の助成を受け得る点を付記しておきたい。冒頭の国際公共財に戻すと、Ferroni, Mody eds.(2002)は国際公共財の五分類に「ガバナンス」を挙げている。公共財的性格を持つコア活動は当然ながら多国間組織制度であるが、それを補完する活動として「国内市民社会の強化」を挙げる。即ち、世銀とJICAが日本の助成財団の協力を得て日本国内外の市民社会を代表する組織と世界の貧困削減・MDGの達成という目標を共有し、クロス・セクトラルなパートナーシップを形成を確認することは、国際公共財供給への貢献とも解釈することができるのである。

以上

【参考文献】

助成財団センター 2002.『助成団体要覧2002』財団法人助成財団センター

電通総研 1996.『NPO(民間非営利組織)とは何か』日本経済新聞

日本国際交流センター 1998.『アジア太平洋のNGO』アルク

山本正 2003.『シビル・ソサエティの発展と「クロス・セクトラル・パートナーシップ」』日本NPO学会「ノンプロフィット・レビュー」向け未定稿

渡辺元 2002.『NPOによる調査研究能力の重要性−政策提言力の強化に向けて』パブリックリソース研究会編「パブリックリソースハンドブック」ぎょうせい2002年所収

Ferroni, Marco., and Ashoka Mody, eds. 2002. International Public Goods: Incentives, Measurement, and Financing.  Boston, Massachusetts: Kluwar Academic Publishers

Furukawa, Shun’ichi., and Toshihiro Menju, eds. 2003. Japan’s Road to Pluralism: Transforming Local Communities in the Global Era. Tokyo and New York: Japan Center for International Exchange (JCIE)

Kaul, I., I. Grunberg, and M. Stern, eds. 1999. Global Public Goods: International Cooperation in the 21st Century.  New York and Oxford: Oxford University Press

Malombe, Joyce. 2000.  Community Development Foundations: Emerging Partnership.  Washington, DC.: World Bank

Stigliz, Joseph. 1995. The Theory of International Public Goods and the Architecture of International Organizations. United Nations Background Paper 7, Department for Economic and Social Information and Policy Analysis

Toyota Foundation. 2001. Report for Fiscal 2000. Tokyo. The Toyota Foundation

World Bank. 2001. Global Development Finance 2001. Washington, DC.: World Bank



[1] 本章の論旨は、主にWorld Bank(2001)を参照した。

[2] 国際公共財のStiglitz(1995)は、国際公共財の定義として、国際経済の安定、国際安全保障、地球環境、国際人道支援、知識を挙げている。Ferroni, Mody eds.(2002)は、環境、保健、知識、安全、ガバナンスを挙げている。

[3] 勿論、従来型の世銀貸出を通じた国際公共財供給が不可能というわけではない。各国向けIDA配分額のうち一定割合を国際公共財供給用としてプールすることが検討されているし、域内貿易をある程度想定した一国内の道路網整備といったインフラ整備も、この一類型とみなし得るだろう。

[4] アジア砒素ネットワークの調査研究の成果は、JICAの開発調査「砒素汚染地域地下水開発計画」(2000‐2001)にも反映されている。

[5] 日本のNGOの中には財団法人や社団法人といった公益法人格を取得せず任意団体として活動するものや、1998年3月の特定非営利活動促進法に基づいてNPO法人格を取得して活動するものもある。

[6] 日本では、以下の活動を行なっている財団法人を以って「助成財団」と定義するのが一般的である。即ち、@他の個人や団体が行なう研究や事業に対する資金の提供、A学生、留学生等に対する奨学金の支給、B個人や団体の優れた業績の表彰と賞金等の贈呈、といった活動である(助成財団センター2002)。日本の場合は「助成財団」と明言しないと、NGOを含めた財団法人をイメージされやすいが、世銀で「財団」と言う場合は、日本的定義における「助成財団」だけを指していることが多いので注意が必要である。

[7] 以上の情報は、大阪コミュニティ財団ウェブサイト(http://www.osaka-community.or.jp/に拠った。

[8] 岐阜県主導で開設され、ぎふNPOセンター(http://www.gifu.npo-jp.net/)が事務局を務める「公益信託ぎふ」はその一例である。2002年5月の聴取調査では、都道府県主導の公益信託開設は4件のみということであった。「公益信託ぎふ」については、ぎふNPOセンターウェブサイトを参照。

[9] 同パートナーシップの理論的根拠として、世銀ウェブサイトは次の5点を挙げている。即ち、

1)      世銀は財団から知識と経験を得られる。

2)      世銀は、世銀が持つ情報、知識、資源を財団と共有することができる。

3)      特定の課題やセクターにおける事業レベルのパートナーシップを通じて、世銀、財団双方の開発支援活動の深化を図ることができる。

4)      世銀は、財団側独自のイニシアチブであっても、世銀のプライオリティと補完性が強いものについては、財団との協議を行なうことが必要である。

5)      世銀は、双方が持つ能力を、各国レベルのプログラムやプロジェクト、その他地域横断的ないし地球横断的イニシアチブの共同実施や協調融資に繋げる必要がある。

[10] テッド・ターナーの拠出によって設立された財団。

[11] パキスタンに拠点を置く開発ネットワーク(Aga Khan Development Network)で、非営利の助成活動を目的としたアガ・カーン財団(Aga Khan Foundation)、有償資金の供与を目的としたアガ・カーン経済開発基金(Aga Khan Fund for Economic Development)等、8つの関連組織によって形成されている。詳細は同ネットワークのウェブサイト(http://www.akdn.org/)を参照。

[12] ワシントンDCに本部を置くアメリカ財団のネットワーク組織。約4500の会員財団から構成され、年4、5回の協議会を開催する一方、財団創設や運営に関する技術的助言や、各種調査活動、ハウツー本の出版等を行なっている。詳細は同評議会ウェブサイト(http://www.cof.org/)を参照。

[13] ブラッセルに事務局を置く欧州系財団のネットワーク組織。約200の会員財団から成り、加えて約4500の欧州NGOとのネットワークを持つ。会員財団には、欧州進出企業が設立した他地域の企業財団(トヨタ、フォード等)や欧州内だけではなく世界中で活動支援を行なう欧州系助成財団も含まれる。NPO法制の整備やフィランソロピー普及を進める作業部会を持ち、年1回の年次総会を開催している。詳細は同センターウェブサイト(http://www.efc.be/)を参照。

[14] アジア・コミュニティ・トラスト、トヨタ財団、日本財団、日本国際協力財団、笹川平和財団

[15] TFS財団調整官エレノア・フィンクが2003年6月19日のTFSスタッフ会議の場で行なったプレゼンテーションから引用。

[16] 電通総研(1996)、助成財団センター(2002)、日本国際交流センター等での聴取調査、日本経済新聞2003年5月連載「NPO駆ける」の記事等による。

[17] 助成財団では財団法人助成財団センター、企業財団では日本経団連傘下の社団法人海外事業活動関連協議会、1%クラブ、日本フィランソロピー協会等が一応考えられるが、対外的にはこうしたネットワーク組織ではなく特定の財団ないし個人の認知が高いケースが多い。笹川平和財団やトヨタ財団、個人としては財団法人日本国際交流センター山本正理事長、トヨタ財団黒川千万喜前専務理事等である。

[18] 日本財団、トヨタ財団、国際交流基金である。例えば、過去3回開催されている日米CSO(Civil Society Organizations)フォーラムの開催費(参加者の旅費を含む)は、トヨタ財団や国際交流基金日米センター等から助成を受けた。

[19] Development Marketplace(以下DM)は、開発アイデアの売買市場であり、世界中から寄せられる革新的開発アイデアの中から優れたプロポーザルにはパイロット事業実施資金として賞金を授与するコンテストが開催される。売買市場であるため、世銀本館ロビーでは最終選考に残った約200組のブースが設置されるとともに、アイデアの買い手となるドナーのブースも設置され、会場ではコンテストとともにアイデアの売買が行なわれる。2002年1月に開催されたDM 2001では、JICA米国事務所が参加し、当日の会場で幾つかの案件を選択し、在外事務所に繋いだ。また、世銀本部で開催されるGlobal Competition以外に国別で開催されるCountry Innovation Daysというイベントもあり、こちらの方でも2001年のペルーでの開催時にJICAペルー事務所が協賛団体として資金協力を行なった。

[20] DM 2001で最終選考に残った204組のうち、日本からの参加は2団体のみであった。DMへのプロポーザル提出は、NGOだけではなく、コンサルタント、政府機関職員、誰でも行なうことができる。DM 2003のプロポーザル募集は既に5月で締め切られているが、世銀東京事務所では、NGOやコンサルティング会社向けにイベント説明会を開催し、参加を呼びかけた。

[21] 共同研究の成果は、財団法人日本国際交流センター監修『企業とNPOのパートナーシップ:市民社会の新しい担い手』アルク刊として出版されている。

[22] 2003年6月23日のワシントンDC開発フォーラムにおけるCSO連絡会今田克司氏の発言から。