野球・ビール・鉄道の三拍子揃ったナイスな奴
ニューヨーク州クーパーズタウンを訪ねて
はじめに
ワシントン駐在生活も残り少なくなってくると、最後にどこに行きたいかというのが当然話題になる。当HPからも用意にお察しが付く通り、山田といえば野球とビールと鉄道である。子供を含めて家族が先に帰国してしまった今となっては、鉄道の優先度は下がる。野球に関しては、今年はメジャー、マイナーを問わずに随分と試合を観た。9月に入ればマイナーのシーズンは終了、メジャーの方もご当地のボルチモア・オリオールズは例年通り地区4位の定位置確定でだんだん興味が薄れてきた。でも9月だからこそ最後に行ってみたいところがあった。それは、「野球殿堂(Baseball Hall of Fame)」であった。
場所はニューヨーク州北部のクーパーズタウン―州都オールバニーから車で約1時間30分、なだらかな山岳地帯の谷間に位置し、湖に面した小さなリゾート地である。9月下旬の訪問で、紅葉が進んでいるかと少し期待したが、確かに木々の色は変わり始めていたけれど、本格的な紅葉にはあと2、3週間かかるのではないかと思う。日本でも北軽井沢辺りを9月に訪れると、朝の霧は相当に深い。クーパーズタウンの朝霧も非常に深く、太陽が高く昇り始める9時から10時頃まで霧はなかなか晴れない。
さて、クーパーズタウンというと、もう1つのお楽しみがある。ボクがアメリカ産地ビールで最も美味しいと評価している「オメガング」の醸造所はここにある。「パパの趣味の世界―ビール&ワイン編」でもご紹介した通り、野球殿堂を訪ねたら是非1泊して「オメガング」で一杯というのがお薦めだ。
野球殿堂(Baseball Hall of Fame)
その名の通りで、「ホール」というからには建物の中のある部屋だけを指す。野球殿堂はクーパーズタウンの目抜き通りに位置し、博物館やギフトショップの入っている建物の中心部に、そのホールは位置する。1939年に開館された野球殿堂は、1936年から選出された殿堂入り表彰者の記念額が壁に展示された神聖な空間だ。殿堂入り表彰者は、プロ野球の発展に多大な貢献をした選手、監督、審判、球団経営者、球場アナウンサー等が含まれる。第1回の受賞者の中にはタイ・カッブやベーブ・ルースが名を連ねる。その他日本の野球ファンにもお馴染みの名前としては、メッツの名監督だったヨギ・べラとか、1970年代のレッズ黄金時代の監督だったスパーキー・アンダーソン、選手としてはノーヒット・ノーラン通算7回のノーラン・ライアンとか、メジャーの通算ホームラン記録を持つハンク・アーロン、10月のプレーオフ、ワールド・シリーズになるとやたらとホームランを量産してヤンキースのワールド・シリーズ制覇に貢献した「ミスター・オクトーバー」レジー・ジャクソン等が含まれる。オリオールズで連続試合出場記録を作った鉄人カル・リプケンや、いまだ現役で15年連続15勝以上を挙げ続けるブレーブスのグレッグ・マダックス、ホームランと盗塁でいずれも500以上を初めて記録したジャイアンツのバリー・ボンズも名を連ねることだろう。
写真左上:ベーブ・ルースの殿堂入り記念プレート
写真上:イチローのメジャー初ヒットバット(カル・リプケン&トニー・グウィン引退時のユニフォームと一緒に展示されている!)
写真右上:松井秀樹選手のメジャー初ホームランバット
写真左上:日本人選手メジャー初対決(イチロー対長谷川滋利投手)
写真右上:ハンク・アーロン特別展示室にあった王貞治選手のパネル
写真左上:野茂英雄投手の2回のノーヒット・ノーラン達成時のウイニング・ボールの展示
写真右上:野球殿堂全景
殿堂に隣接する博物館は、野球の記念品の宝庫だ。野茂英雄投手が2度のノーヒット・ノーランを達成した際のウイニング・ボールが展示されていたが、90年代以降、複数回のノーヒット・ノーランを記録した投手は、野茂の他にはノーラン・ライアンしかいない。2度達成したことはとてつもない記録であることを改めて認識させられる。この他にも、イチロー選手がメジャーで初ヒットを放った際に使用していたバットとか、イチローとエンゼルス時代の長谷川滋利投手の間で初めて実現した日本人対決で最初に長谷川が放ったボールとか、さらに新しいところでは、今年4月に松井秀樹選手がメジャー初ホームランを放った際に使用していたバットとか、日本人選手絡みの展示品も幾つか置かれている。新世紀に入って、日本人選手の活躍がそれなりに毎シーズンのハイライトとして注目されていることを実感できる。記念品の展示があったわけではないが、ハンク・アーロンのコーナーには、日本のプロ野球在籍でメジャーの記録には残らないけれどもアーロンのホームラン記録を破った王貞治選手に敬意を表して、王選手の美しい一本足打法の写真パネルが展示されていた。
残念なことに、野球殿堂の建物は現在改修工事中で、2005年になるまで全館開館されない。今回は一部分だけしか訪問できなかったけれど、それでも閲覧できる展示品だけでも、ゆっくり見れば半日は必要になる。クーパーズタウンは湖畔の小さな観光地だが、野球殿堂以外にも野球関連のグッズを販売しているギフトショップやスポーツ・バー&レストラン等が軒を連ねており、1日かけてぶらぶら歩いてみるとよいと思う。
地ビール
事前に調べたところでは、クーパーズタウンの周辺で生産されている地ビールは「オメガング」しかないことになっていたが、現地でパンフレットをあさってみたところ、クーパーズタウンから8マイル南下したところになるミルフォードという町に、「クーパーズタウン醸造会社」というのがあることも発見した。念のため地元のスーパーマーケットに入ってどんなビールが売られているかを調べてみたところ、やはり「オメガング」の3種類と「クーパーズタウン」の6種類が頑張って陳列棚を占めていた。位置関係からすると、朝一番で野球殿堂を訪れた場合、先ず午後12時に開館する「オメガング醸造会社」のツアーに参加して、次にミルフォードの「クーパーズタウン醸造会社」を訪問するのが効率的だ。
クーパーズタウン周辺の丘陵地帯は、19世紀には全米のホップ生産の8割を占めていた。豊富な地下水に地元産の大麦、各種の香辛料、イーストを加え、あの独特の風味がもたらされる。「オメガング」はベルギー・スタイルのビール生産高では全米第一位だが、醸造所の規模は比較的小さく、1本の生産ラインを活用して、3種類のビールを生産している。主力商品である「OMMEGANG」は、ビターなチョコレートとよく合う。「HENNEPIN(ハンネピン)」は、ベルギーの修道院でよく生産されていたビール(Abby Ale)で、チキン等の肉料理と合う。最近新たにラインナップに加わった「RARE
VOS(ラレ・フォス)」はアンバー・エールで、フルーティかつスパイシーな香りが特徴的である。
写真左上:オメガング醸造所全景
写真右上:オメガング・ベルギービールのラインナップ
写真左上:試飲コーナー 写真上:発酵過程 写真右上:瓶詰め過程
“Rich, fruity, and yeasty; pungent mouthfeel is rounded and reserved; light dusting of spice,
including licorice; restrained sugary sweetness; alcohol aroma is full and
everywhere, suggesting a full-flavored burgundy with chutzpah; concentrate and
you’ll pick up berry notes in the aroma; deep-garnet body holds aloft a wavy
old-ivory long-lasting head; this is a wonderful American-made abbey-style ale
that you’d swear was brewed in Belgium; go out right now and get a bottle. Goes great with sliced pork and mashed
potatoes.” (Bob Klein, “The Beer Lover’s Rating Guide”)
“Tart and clovey,
with an excellent balancing yeast-hoppy character;
crisp and invigorating; hints of banana add to the charm; soft on the palate;
time-released sugary sweetness threads its way through the deftly calibrated
bitterness; beautiful contoured head stays throughout and tastes like the beer
itself --- a noteworthy accomplishment in itself; plenty of alcohol to tie it
all together; gains in yeasty tartness a day after the bottle is opened; this
is an excellent beer, no question.
Versatile enough to be imbibed without food or with, such as medium-well
roast beef.” (Bob Klein, “The Beer Lover’s Rating Guide”)
醸造所内の見学の後、3種類を全てテイスティングすることができる。ボクは以前「オメガング」と「ハンネピン」は飲んだことがあったが、特に「ハンネピン」は花粉症で舌や喉の状態が芳しくない時に飲み、花粉症の薬と併用する形になってしまったので、飲んだ時も美味しくなくて、飲んだ後も長く頭痛に悩まされた苦い経験がある(アルコールと薬の服用は並立しないので避けましょう)。今回飲んでみて、「オメガング」よりも「ハンネピン」の方が自分には合っているのではないかと思った。でもそれ以上に印象的だったのは「ラレ・フォス」である。アルコール度数は、前2者に比べて8.5%と高めなのだが、そのような高さをあまり感じさせない軽い味わいであった。「ラレ・フォス」もワシントン界隈では「フレッシュ・フィールズ」で入手可能である。小瓶のパックではなく大瓶で販売されている。
オメガング醸造所の135エーカーの敷地内には、丁度プラントの裏庭が広場になっていて、ベンチもいくつか設置されている。醸造所で何種類かを大瓶で買って、ベンチに腰掛けてピクニック感覚で飲むというのもいいかもしれない。これからの季節は紅葉が素晴らしい。サンドイッチを持参すれば、あとはチーズやチョコレート類は醸造所のギフトショップで調達することができる。お薦めのサイトである。但し、町のマイクロ・ブルワリーによく見られるレストラン&バーの併設はここにはないため、ランチやディナーを期待して訪れると、あまりにもこじんまりとした醸造施設で拍子抜けする。昼食はきっちり取ってから訪れたい。勿論、ここは午後5時で閉まるので、夕食はクーパーズタウン市内で食べるしかない。
⇒Brewery OMMEGANGのウェブサイトはこちらから!
このビール、小瓶の6本パックで販売されているがプラントの規模からして販売エリアはさほど広くはなく、行ってみれば当地でしか飲めないビールである。ボブ・クライン氏もその著書の中で紹介していない。ただ、創業は1994年で、1997年創業の「オメガング」よりも歴史は古い(といっても随分新しいが)。クーパーズタウンが野球の町であるため、このビールは野球絡みのネーミングとラベルで特徴的である。主力の6種類は次の通りだ。
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Nine Man Ale(アルコール度数4.9%)
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Old Slugger Pale Ale(同5.8%)
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Back Yard IPA(同6.1%)
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Strike Out Stout(同4.6%)
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Benchwarmer Porter(同6.4%)
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Pride of Milford Special Ale(同7.7%)
写真左上:クーパーズタウン醸造会社入り口
写真右上:クーパーズタウン醸造会社全景
写真上:醸造所敷地内で栽培されていた自家製ホップ
醸造所内の見学は、午後は1時から1時間毎に行なわれている。見学の後は6種類のテイスティングが楽しめる。ボクは、醸造所見学はオメガングでやり、度数の高いビールのテイスティングをそこでやってきた後だったので、「クーパーズタウン」では度数的に易しい最初の3種類だけにした。さすがに度数の高いビールを飲んだ後だけにどれも薄いという印象があったが、IPAに関しては美味しいと思った。ボクはIPAはあまり好きではないのだが、IPAはあまり冷やさずに飲むとあの独特の喉越しの悪さが解消されて飲みやすいビールになるのだなと思った。家まで車を運転して帰るのなら何パックか買って帰ることができるのだが、今回は飛行機を乗り継いでいるので、パックの購入は諦めた。
テイスティングルームは非常に狭く、同じ室内にあるギフトショップに場所を占拠されている感じだった。Tシャツやポロシャツ、野球帽等、ギフトのアイテム数は相当に多く、クーパーズタウンだからといって野球に拘らずとも、ここなら割と面白いお土産を見つけることができるかもしれない。ここにもランチやディナーのサービスはないので注意が必要だ。
⇒Cooperstown Brewing
Companyのウェブサイトはこちらから!
クーパーズタウン&シャーロッテ渓谷鉄道(Cooperstown & Charlotte
Valley Railroad)
今回、子連れではなかったので実際には乗らなかったけれど、ここにも観光列車ツアーを運行している鉄道会社がある。「クーパーズタウン醸造会社」と線路を隔てた反対側の駅から出発する「クーパーズタウン&シャーロッテ渓谷鉄道」である。
ここのトレイン・ライドは、午前11時と午後2時に発車し、クーパーズタウンまでの10マイルほどを運行する。この渓谷は、遠くチェサピーク湾に注ぎ込むサスケハンナ川の最上流部分に当たり、同川に平行に走りながら周囲の紅葉を楽しむことができる。帰りのクーパーズタウン発は午後12時30分と3時30分に出発するので、朝11時にミルフォードの駅を出て夕方4時30分にここに帰ってくるような日程を組めば、紅葉もゆっくり楽しめて、クーパーズタウンで野球殿堂をしっかり見学して昼食もその近辺で済ませることができる。或いは、ここには毎週木曜日夜のディナー列車、金・土の夜のライブ音楽演奏付きディナー列車等の運行もあるため、クーパーズタウン観光とは切り離して、これだけを以って夜のアトラクションとすることもできる。
元々この界隈はオールバニーからバッファローに向けて延びる鉄道の支線だったところで、五大湖地方からニューヨークに向けた鉄道輸送で栄えた土地である。このシャーロッテ渓谷の路線も1869年創業で、比較的古い歴史を持つ。
但し、ここの現役機関車はウェスタンメリーランド鉄道の貨物路線の主力と同じ型のディーゼル機関車で、蒸気機関車を期待して行くと落胆することになる。駅舎を改造したギフトショップの品揃えもあまり目立ったものはないし、客車も相当に古そうだったので特段興味をそそられなかった。以前紹介したペンシルベニアの「ミドルタウン&ハンメルズタウン鉄道」を連想させる。でも、おそらく紅葉の季節はとてもお得なツアーを提供してくれる筈だ。普段は運転で忙しいお父さんも、椅子にもたれてリラックスして、外の景色をゆっくりと楽しんで欲しい。
⇒クーパーズタウン&シャーロッテ渓谷鉄道のウェブサイトはこちらから!
今回はボクは列車には乗らなかったので胸を張っては紹介できないが、野球・地ビール・鉄道と、男の子がいるご家庭が小旅行を考える際に必要な要素が詰まっているクーパーズタウンはお薦めの観光地だと思う。紅葉をめで、湖畔でゆったりとした時を過ごせるという意味ではママさんにも受けるだろう。ニューヨーク・シティからは約250マイル、ワシントンからは約450マイル、決してドライブで軽く訪れることができる土地ではないかもしれないが、2、3泊ぐらいできる休暇があれば是非ご検討されてはいかがだろうか。